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歌い継がれる須賀甚句漁師町が誇る伝統の唄

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 祭りの季節。この時期になると平塚市須賀地区(千石河岸・札場町・高浜台・幸町・夕陽ケ丘)から聞こえてくる唄がある。テンポは「アンダンテ」(歩くくらいの速度)より速い「モデラート」程度で、七五調の歌詞。この土地で300年以上、祭りなどのハレの日に、高らかに吟じられてきた「相州須賀甚句」である。
 須賀地区は古来より漁業、海運で栄え、江戸時代には「須賀千軒」とも称されるほど賑わった港町。多くの人が行き交い多様な文化が交流する中で、地元の人たちに歌い継がれてきた民謡がアレンジされていき、江戸時代中頃には今日歌われている須賀甚句の原型ができた、と考えられている。
 同地区の総鎮守として親しまれてきた平塚三嶋神社(夕陽ケ丘)の例大祭「須賀のまつり」における神輿渡御は、古くは厳かな儀式だったそうだが、近代以降、須賀甚句が取り入れられ、威勢の良い担ぎ方に変わっていったという。ではその甚句とは、どんなものか。
甚句の構造
 同神社が販売する『相州須賀甚句 湘南地方の甚句』(1,200円、税込)の中には13曲の甚句が収録されており、歌詞の内容は漁業や恋愛など様々あるが、基本的に全ての甚句は同じ構造を持つ。
 1曲目の『須賀の名代』から抜粋すれば、まず冒頭は歌い手による「セエ~、須賀の名代は」と入り、担ぎ手による威勢の良い合いの手「アーイヨー」が続く。その後は「西に駿河の富士の山」といった七音・五音の歌詞に「ア、ヨイショー」のセットが複数回繰り返される。締めの部分で長めに歌われる七音・五音には、途中から「ドッコイドッコイ、ドッコイドッコイ」の合いの手が入り、盛り上がりつつ一つの甚句は終わる。
受け継がれ、広がる
 中にはオチのある冗談めいたものもあるなど、明るくノリが良く活気溢れる須賀甚句。少なくとも300年以上、この地域で祭りや祝い事の度に歌われ、愛され続けてきた。そのように甚句が日常生活と密接な関係にあるこの地では、必然的に祭り好きや神輿好きな子も多く育つとのことで、後継者不足問題とは無縁という。宴席などで誰かが甚句を歌い出すと、割り箸を担ぎ棒に見立てて、その場で足踏みを始める人もいるのだとか。
 そのように長きにわたりこの地域で受け継がれてきた甚句も、現代では広がりを見せる。後世に残そうと同神社がカセットテープに収録したのが40年前。今ではCDとして、神社HPで紹介し販売しているが、これが好評という。
文化をつくる
 まとめ買いをした人や「自分の地域でもアレンジして歌いたい」という人。また、神輿がなかった地域で、このCDをきっかけに神輿を制作し、神輿文化が生まれたケースもあるという。全国とまではいかないが、東北から九州まで、須賀甚句は伝播しているのである。
 同神社の岩見紀孝宮司は「昔から地域に愛されている甚句ですので、これからも熱い想いを受け継いで頂きたいと思います。そして地元だけに止まらず、幅広く聞いて頂き、須賀の文化をより多くの人に知って頂ければ有り難いですね」と話していた。なお今年の「須賀のまつり」は16日(土)と17日(日)。祭りクライマックスとなる同神社での宮入(17日、19時30分~)の際には、甚句を愛する氏子により設置されたというこだわりの音響設備から流れる生の甚句を聞くことができる。
 神事次第など詳細はHPで。問い合わせは同神社☎︎22-3510へ。

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