
平塚市の西部丘陵地域、斜面に可愛らしくカラフルな三角屋根が連なる日向岡地区で、オリジナルのキャラクターが誕生した。名前は「ひなポン」。なぜ生まれたか、読者の皆さんは見当がついているだろうか。
今でこそ市内にその名は定着しているが、住居表示の新町名として「日向岡」が誕生したのは1985年。『平塚市郷土史事典』(1976年発行・平塚市企画室市史編さん室編集)によれば、日向岡は「日当りのよい開拓された丘陵から名づけられた」とされ「往昔、高貴な人が居住したといわれ、宝珠院の東側を通って丘陵へ出る道を現在でも御通り道といっている」との記述がある。そして現代では「閑静な住宅街」として開発され、今ではランドマークとしても定着しているが、近年は高齢化が進んでいるという。
もちろん全てではないが、構図としては「一世代前のファミリー層が新築マイホームとして購入。その後、子どもたちは成長し、就職・結婚などにより『ふるさと』と別離。親世代が残って暮らしている」様相である。
ふるさとに愛着を
そんな中、日向岡自治会により今回のマスコットキャラクター企画は考案された。想いは、地域住民のみんなに日向岡を「ふるさと」として愛着を持ってほしい ──。目先の目的は「自治会活動が盛り上がること」ではあるが、その先には「地域の絆づくり」があり、ひいては子どもたちが大人になっても戻ってきたくなるような「ふるさとづくり」がある。そのため、実施については全て自治会内で行われた。企画、準備、応募、投票、制作の全てである。正に住民の、住民による、住民のための活動となった。
キャラクターデザインは「みんなで創ろう 楽しいふるさと」をテーマとした昨年の夏祭りに合わせて募集。4歳から62歳まで14通の応募があったという。投票と発表は夏祭り当日に行われ、断然トップの得票数で、美術部に所属する中学生の描いた「ひなポン」が選ばれた。
活躍するひなポン
「日向岡に降り注ぐ太陽と、緑(自然)豊かな土地柄と、カラフルな家々」を表し、「穏やかで太陽のように暖かく、ちょっと天然で至って真面目。いつも名札をしっかりつけている」という設定のひなポン。住民らからは「可愛い」と専らの評判で、すぐに地域へ溶け込んだという。
初登場は今年の元旦。地域で行われた駅伝の応援旗のキャラとして採用された。そして迎えた今月6日の夏祭りで本格デビューを果たし、大々的にお披露目された。全て非売品だが、いわゆる「キャラクター商品」が様々制作された。ステッカーやキーホルダー、マグネット、メガホン、うちわ、クリアファイル。夏祭りのポスターや神輿にも登場し、ひなポンがプリントされたはっぴやTシャツも存在する。繰り返すが、これらは全て非売品である。では入手方法はと言うと、「自治会活動に参加することでもらえる」のである。即ち、意図したことではなかったが結果的には「自治会活動に参加するきっかけ」となる要素へと昇華した。
広がる夢
昨年の行事部長として企画を発案した浜野彩乃さんは「日向岡の誇りにしたい。『おじいちゃん、おばあちゃんの所にはひなポンがいるんだよ』とか『日向岡と言えばひなポンだね』と言われるように。そして一番の目的は、自分の地元に愛着を持ってもらうこと。これをきっかけに若い世代の住民が増えていけば嬉しいですね」と話す。
ご当地キャラクターが1つ誕生しただけで、これまで行われてきた「ごく普通のイベント」も彩り溢れ、新しく見えてくる。今年のハロウィンでは自治会館での合言葉を「トリックオアトリート」ではなく「ひなポン」にするのだとか。昨年の浜野さんから引き継ぎ、「普及活動」に汗を流している平瀬円香さんも「ひなポンが介在することで初対面の子ども同士に会話が生まれたり、子どもと高齢者の話題の架け橋として会話が広がったりしています」と満足げだ。
夢は広がり、期待は膨らむ。「次は着ぐるみを作りたい」と平瀬さん。できれば年内に、地区レクには間に合わせたいと考える。だが現実問題、予算面などクリアすべき課題は多くある。それでも、難なく乗り越えられることだろう。アイディア一つで、旧態依然としたイベントの数々が劇的に変われることを証明した自治会力があるのだから。
【写真】「ひなポングッズ」溢れる今年の夏祭り(自治会提供)
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