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源平とその周辺 |2015.01.16

源平とその周辺 第2部:第46回 弁慶の物語(2)

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0116 源平
 弁慶は夜な夜な洛中で他人の太刀を奪い取る。千振を目標としたのは、奥州の秀衡が名馬千疋(びき)を集めたように、千揃えてこそ宝というものだと考えていたからである。京の人々は噂をする。「3mほどもある天狗が、人の太刀を強奪するらしい」――。集まった太刀は、999になった。あと、1振だ。「どうか、この私に立派な太刀をお与えください」。夜、五条天神に祈りを捧げる弁慶。参詣者の中に太刀を持った人物がいないかと、探す。
 明け方になり、歩いていると笛の音が聞こえてきた。見ると、小柄な男。見事な太刀を携えているではないか。弁慶は思う。「このような小男なら、恐れをなしてすぐに太刀を差し出すだろう。渡さなければ、力ずくで奪うまでのこと」。そうして、太刀を出すようにと脅すが、「欲しければ、取ってみよ」との返事。飛びかかる弁慶の、大きく振った太刀の切先(きっさき)が土塀に突き刺さる。それを抜こうとした弁慶の胸を男が踏みつけたため太刀が手から離れた。男はすかさずそれを拾い、3m近くある土塀の上にゆらりと飛び乗る。「こうした愚か者がいることは聞いていた。今後はこのような狼藉をするな。太刀をいただいていこうとも思うが、太刀欲しさに取りあげたと思われるのも困るのでやめておく」。男は太刀を弁慶に投げ遣る。弁慶は狙っていた、男が土塀から飛び降りる瞬間を。その時に斬ってやる。男が飛んだ。太刀を振りかざして駆け寄る弁慶。ところが驚いたことに、男は地上90cmほどを残して再び空中にひらりと舞い上がり、塀の上へと引き返した……地に降り立つことなく。
 義経と弁慶が決闘をした場としては五条の橋が有名であり、そこには義経と弁慶の像がある。『義経記』では、先述のように五条天神付近、さらに清水坂や清水寺でも対決が行われたと語られる。結果的に敗れた弁慶は、義経の家来となることを約束し、その契りは死ぬまで続いた。ちなみに当時の五条の橋は、今は松原橋といわれるところで、松原通、清水坂を経て清水寺へと至る道である。清水寺には鉄の錫杖(しゃくじょう)や鉄の高下駄、足跡、爪痕などが、「弁慶の」と冠して今に伝えられる。それは、剛勇の弁慶が人々に愛され続けてきた証拠でもある。
【写真】弁慶と牛若丸の闘いを描いた一勇斎(歌川)国芳による錦絵『義経一代記 五条ノ橋之図』
著者:新村 衣里子
■プロフィール
お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。元平塚市市民アナウンサー。平成16年ふるさと歴史シンポジウム「虎女と曽我兄弟」でコーディネーターをつとめる。『大磯町史11別編ダイジェスト版おおいその歴史』では中世の一部を担当。成蹊大学非常勤講師。

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