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ヘッドライン |2018.06.11

中勘助の文学碑を建立平塚市ゆかりの作家の功績を後世に伝える

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 小説『銀の匙』で知られる大正から昭和にかけて活躍した作家、中勘助の功績を伝える文学碑が先月22日、平塚市桃浜町の桃浜公園に完成した。勘助は大正13年、40歳の頃に生涯で初めて家を建てたとされており、その場所が現在の平塚市立浜岳中学校付近だという。7年9ヶ月の平塚での生活は『しづかな流』に多く書かれており、往時の平塚の自然や生活が鮮やかに描かれている。
 文学碑は高さ約1m、幅約1.3mの大きさで真鶴の本小松石を使用。『しづかな流』冒頭の「しづかに時の過ぎてゆくのをみるのは しづかな流をみるやうにしづかである」という一句が勘助の直筆で刻まれている。建設したのは「平塚ゆかりの作家 中勘助を知る会」(大藏律子会長)。同会は勘助の功績を文化的遺産として後世に残すべく平成25年に発足し、講演会、文学講座、詩集の発行などの活動を行ってきた。平塚時代をより広く知ってもらうべく、昨年から碑の建設を検討。今年2月に全国に寄付を呼びかけたところ、364人から約165万円が寄せられた。これにひらつか市民活動ファンドより32万円の助成を受け、建立を実現させた。
今も残る勘助の息遣い
 先月22日、勘助の生誕日に行われた竣工式には同会メンバーのほか、落合克宏平塚市長、勘助の妹の孫にあたる土岐勝信さんなど約100人が出席した。大藏会長は「平塚の文化的まちづくりとして将来に何かを残そうと建設を考えた。こうして市民のみなさんと今日を迎えられて嬉しい」と挨拶。落合市長は「市議時代に勘助について質問したこともあり感慨深い。再評価への機運が高まれば」と平塚の魅力の1つになることに期待を寄せた。土岐さんは「親族としても光栄。多くの人が来てますます興盛となるように」と祝った。朗読「糸の会」による詩の朗読も行われ、参加者らは文学に残る平塚の情景に思いを巡らせていた。
関連事業も多数
 『しづかな流』の中には昭和初期のなでしこの花や野鳥といった自然や、物売りや着物などの庶民の生活、地曳や“高麗寺の市”などの様子や愛犬「タゴ」の話が詩や随筆として詩情豊かに描かれている。先月29日には、これらの足跡をたどり、各地で詩を朗読するイベント「中さんの散歩道を歩く!」が行われ、30人ほどの参加者が浜岳中学校敷地内の松林や、尼寺「月湘庵」などを回った。
 黒部丘の和菓子店「杵若」では勘助が愛したキノコ、松露の姿を模した「松露まんじゅう」を制作した。当時、防風林として多くの黒松が植えられ、現在もその名残が多くみられる海岸エリア。昭和の初めは春になると松露がどっさりと採れたそうだが、今は全国的にも希少になってしまったという。
 現在、市内4つの図書館で『しづかな流』を借りて読むことができる。文学という側面から平塚の魅力に迫っては。
1)完成した文学碑。左から土岐さん、大藏会長、落合市長
2)平塚時代の勘助
3)月湘庵は今も地域住民によって保存されている
4)イベントの講師は“知る会”のメンバーが務めた
5)“松露”の文字は大藏会長の直筆

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