コネクト:変われるんだよ、と伝えたい 障がい者の国体で2つの金メダルを受賞 二宮町在住の相原みどりさん


変われるんだよ、と伝えたい
障がい者の国体で2つの金メダルを受賞
二宮町在住の相原みどりさん
いわれのない暴力を45歳の時に受け、脳内出血で意識不明、右半身麻痺の体となった。当時は恐怖で鬱になり、声も失った。今はリハビリで何とか話せるようになったが、手足が痺れている状態は変わらず、常に痛い。涙も自然にぽろぽろと落ちてくる。それでも、「日本一」の栄冠を手にすることができた。今はその喜びと自信を糧に、若い世代の子たちを勇気づけていきたい──。
その日本一という称号を、昨年11月に長崎県で開催された全国障害者スポーツ大会「長崎がんばらんば大会」で2つ勝ち取ったのが、二宮町在住の相原みどりさん(53)だ。同大会は、国民体育大会終了後に同じ開催地で行われるもので、言わば「障がい者の国体」。昨年は「2014長崎がんばらんば国体」に合わせて開催され、相原さんは県代表チームの1人として出場し「車椅子50m(女子)」と「ソフトボール投(女子)」の種目においてそれぞれ33秒59、6m74cmという記録で1位に輝き、金メダルを受賞した。だが元々、運動が得意だったわけではない。学校の部活は演劇部で裏方だったし、相原さん自ら「運動音痴」と言うほどスポーツは苦手な方だった。
自分が変わるきっかけとなったのは50歳の時のこと。二宮町身体障害者福祉協会の前会長に誘われ、同協会へ入った。最初はリハビリのつもりで、会の仲間とカラオケに行く程度だった。もちろん上手くは歌うことはできない。だが歌詞を目で追うことで目の運動になり、頑張って歌おうとすることで声が出るようになった。そしてそのうちに、人と話せるようになっていった。そんな中、障がい者を対象とする陸上の県大会に出場しないかとオファーがあった。前向きな気持ちではなかったが、前会長から「とにかく出れば良いのよ」と背中を押され、2012年5月の大会で初めて50mに出場した。練習など全くしなかった。だが、出てみたら大会新記録の金メダル。その流れで翌年の大会にも出場し、50mに加えソフトボール投にも挑戦した。練習はしなかった。だが50mは2度目の金。ソフトボール投げも、初の金。本来右利きだが、右半身麻痺のため左手で投げたにも関わらず、だ。そして昨年の県大会でも両種目1位となったことで県代表のお呼びがかかり、全国大会に出場した。
「びっくりした」。それが自分の素直な気持ちだった。少しのきっかけで、そして短い期間で、前向きになれた。人生が変わった。行動を起こせば、何かが変わる。そんな想いを、障がいを持っている多くの人たちに伝えていきたい。だから今では協会の活動にも生きがいを見出し、町の福祉活動などにも積極的に参加する。そしてこれからは自分と同じように悩んだり、鬱になってしまっている若い世代へ希望を与えていきたい。今なら自信を持って言える。「変われるんだよ」と。
【写真】
2つの金メダルを持つユニフォーム姿の相原さん
シェア
シェア
で送る
湘南ローカル情報を日々更新中!
湘南のお店情報をまとめて掲載!
編集部情報を毎週更新でお届けします。
-
お知らせ|2023.12.14
2023-2024年 年末年始の休業のお知らせ
-
お知らせ|2023.09.18
WEBメディア・Journal ONEに弊社代表定成のインタビュ...




