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ヘッドライン |2016.02.19

湘南は、どこだ大磯駅前に新たな「湘南発祥の地」の石碑建つ

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 そこかしこでしばしば起こる「湘南論争」。いつの時代もテレビ、雑誌、インターネットなどメディアで面白おかしく取り沙汰されては「論争に終止符!」といったような様々な「結論」が出されている話題である。「わがまちこそが湘南である」と、何をもって主張するかはそれぞれ論拠があるが、中には「発祥」を謳うものもある。そんな「湘南発祥」を多くの人にPRしようと、JR大磯駅前のロータリーに今月14日、新たな石碑が建てられた。大磯こそが湘南発祥である、と発信する根拠は、どこに。
 碑の高さは3mほど。碑面には「湘南発祥の地 大磯著盡湘南清絶地 崇雪 堀文子書」と彫られているこの石碑は、大磯町観光協会と大磯町商工会の有志で構成する委員会組織により建てられた。以前にも「湘南発祥之地 大磯」と彫られた石碑は鴫立庵の敷地内に建てられたが、さらに広くアピールしようと、駅前にも設置する運びとなった。
湘南=大磯」は1664年
 大磯が湘南発祥のゆえんとされている根拠は、江戸時代初期、崇雪という人物が「著盡湘南清絶地」と刻んだ「標石」にある。
 鴫立庵の創設者でもある崇雪は、小田原の外郎の子孫といわれる俳人。祖先は中国湖南省湘南地方の出身ともいわれており、大磯・鴫立沢付近の景色が古代中国の「湘南」に似て美しかったことから「清らかで清々しく、この上もない所、湘南とは何と素晴らしい所」と感動し、かの一文を刻んだとされている。
 この標石が建てられたのは1664年とされ、これこそが、現存する資料の中では「国内のある土地を湘南と呼称している最古の資料」として、大磯が湘南発祥の地とされている根幹である。
 一方で、その観点から言えば、鎌倉が最古であると指摘する研究者もいる。「確かに、碑文としては最古のものかもしれませんが」と話すのは、平塚市博物館 市史編さん担当で、長きにわたり湘南の呼称についても研究してきた関 恒久氏だ。
「湘南=鎌倉」は1484年
 同氏は「崇雪の碑よりも約200年前の資料の中に、はっきりと『湘南』の文字は登場しているんです」と解説する。その資料というのが、室町時代の禅僧、歌人である万里集九が記した詩文集『梅花無尽蔵』である。
 同書の巻第一(1484年)では、「遊湘南五年」(湘南で修行すること5年)との記述があり、巻第二(1485年)にも「湘南多水仙」(湘南には水仙多し)との表現がある。そしてそれらの中で、後の注釈ではなく当時の注釈として、「相州鎌倉邊用湘故事」(相州の鎌倉辺りに、湘の字を用いるのは、昔からのこと)と記されている。
 1484年以前からーー、少なくとも万里集九が鎌倉に訪れた室町時代には既に「湘南=鎌倉」とされていた。だが同氏は「石碑に刻まれたものとしては、大磯のものが最古でしょう」とフォローする。
 結局、何をもって湘南とするのかは「○○があるから、○○が示しているから、○○時代に湘南と呼ばれていたから」と各地、各団体に様々あり「では今日、どこが湘南なのか」といった議論が尽きることはない。今後、「湘南」を冠する市町村が誕生しない限りは。
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