コネクト:山と共に歩む人生

この夏、平塚市の今井恭子さん(68)が、文筆家・登山家の深田久弥選定による「日本百名山」の全山登頂を果たした。若い頃から山を愛し、子育て・介護でブランクを経た後に登山を再開。体力の衰えと戦いながらチャレンジを続けた理由とは。
山との出会いは小学6年生の時。丹沢の葛葉川に行き、沢や森の美しさとそこで食べたご飯のおいしさに感激したという。それが強く心に残り、就職した後平塚山岳協会に入って本格的に登山を始めた。毎年夏になれば山へ行き、10山、20山と登った年もある。なかなか休めない職場だったが「一生の頼みだから」と言って休みをもらっていた。夫とも山登りを通じて出会い、結婚。子育て中も「山に行きたくてしょうがなかった」と思いを抑えきれず、小学生になった子ども2人を連れては富士山や白馬岳に行っていた。
しかし子どもが中学で部活に入り忙しくなると一緒に連れて行けず、また義理の母親に介護が必要になり家を空けることも難しくなった。そのため本格的な山登りは15年ほどできなかったという。
その後60歳を前に介護が終わり、子どもも独立。「これからは自分のやりたい事ができる」と中断していた山登りを再開した。そして、百名山のうち半分以上を既に登っていた事から「この調子なら全部登れるかもしれない」とチャレンジを決めた。
だが残っていたものの多くは、難しい山や九州・北海道など行くのに日数がかかる山。それでも達成したいとガイド付のツアーにも参加し、1つ1つ登った。天候の悪い中12時間歩き続けた時には「なんで来たのだろう」「もう来るまい」と思うことも。常に危険と隣り合わせで、一緒に登っていた仲間が滑落し亡くなったこともあった。
それでもやめようと思わなかったのは、素晴らしい風景に出会えるから。真っ青な空をバックに、紅葉した葉と常緑樹の緑が入り混じった山が広がっていたり、一面の花畑に天国に来たような気分になったりと、自分の足でそこまで行って初めて見られる景色がある。だから登り続けてきたのだという。
そして予定より3年遅れとなったものの、6月10日最後の1つとなった静岡・長野県境の光岳(てかりだけ・標高2592m)に登頂。登り切ったという達成感はもちろんあったが、それと同時に、体力に自信がないため毎回感じていた「歩けなかったらどうしよう」というプレッシャーから解放されたとも話す。
今後は、近場の標高の低い山も気軽に楽しみたい。そして幼い孫をいつか富士山に連れて行きたい、そんな新たな夢を抱いている。
なお今井さんが所属する平塚登高会では、中高年のメンバーが近郊の山で活動を続けており、会員を募集している。
◇問い合わせ=山田さん☎0465-47-6534
【写真】光岳登頂時の今井さん(今井さん提供)
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