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源平とその周辺 |2013.07.26

源平とその周辺:第57回 与一の祈り

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 義経から扇を射よとの命令を受けた那須与一は、覚悟を決めた。たくましい黒馬に乗って、波打ち際へと進む。味方の者たちは、頼もしげな与一の後ろ姿を見送りながら「この若者ならきっとうまくやり遂げるだろう」と考えていた。矢を射るには的までの距離が少し遠かったので、一段(約11m)ほど海へ乗り入れたが、まだあと七段ほどある。激しい風が吹いている。高い波がうち寄せてくる。船は波に揺られて上下に漂う。扇は一定の位置にとどまることなくひらひらと動いている。沖では平家が船を並べて見物し、陸では源氏が馬を並べて見守る。風は吹き続けている。扇の位置は、依然として定まらない。
 与一は天を仰いで目をつむった。そして祈る。「八幡大菩薩、そしてわが下野国の日光権現、宇都宮(二荒山神社)、那須の温泉(ゆぜん)大明神よ、どうか扇の真ん中を射させてください」と。そして、続ける。「もし射損じたならば、この弓をへし折って自害して、二度と人に顔向けいたしません。もう一度故郷へ迎えてやろうとお思いになるのでしたら、どうかこの矢をはずさせなさいますな」。与一は目を開けた。風は少し弱まって扇も射やすそうになっていた。矢をとってつがい、十分に引きしぼって放つ。鏑矢(かぶらや・音の鳴る矢)が風をきって、辺り一帯に鳴り響く。そして扇のかなめの一寸(約3cm)くらい上を射切った。空へ舞い上がった扇は風にゆられてから海へ。金の日輪が描かれた紅の扇が白波の上で浮き沈みする。平家も源氏も、みな感嘆した。
 与一の弓の技に感激したのだろうか、鎧を着た50歳くらいの男が長刀(なぎなた)を持って船のなかから出てきた。男は扇の立てられていたところで舞い始める。伊勢義盛が与一に近づいて言った。「御命令だ。あれを射よ」。与一は、今度は中差(なかざし・尖った矢)をつがえて射た。矢が男の首の骨を射抜く。男が逆さまに倒れる。平家方は静まりかえった。一方で源氏はどよめく。情け容赦ない源氏の攻撃。敵味方一緒になって見守った与一の晴れ舞台から一転、感興に浸っていた平家はたちまちに非情な合戦の現実に引き戻された。
【写真】高松市登録史跡『祈り岩』。与一はこの岩に向かって神明の加護を祈ったと伝えられている。(香川県高松市牟礼町)
写真提供=高松市
著者:新村 衣里子
■プロフィール
お茶の水女子大学大学院博士前期課程修了。元平塚市市民アナウンサー。平成16年ふるさと歴史シンポジウム「虎女と曽我兄弟」でコーディネーターをつとめる。『大磯町史11別編ダイジェスト版おおいその歴史』では中世の一部を担当。成蹊大学非常勤講師。

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